緑の青葉がいっそう繁りゆくこの佳き日に、綱島千栄子同窓会副会長様、有田喜一郎PTA会長様、堀口芳明教育振興会長様をはじめ、ご来賓の皆様のご臨席を賜り、第百二十五回群馬 県立高崎女子高等学校開校記念式を執り行うことができますことを心より御礼申しあげます。
本校は、明治三十二年(1899年)に本県唯一の公立女学校である「群馬県高等女学校」として設立されました。翌年、明治三十三年に、現在の末広町(高崎市文化センター・文化会館の場所)に、堀と土塁を巡らした立派な校舎ができました。県下でただ一つの高等女学校であったため、海老茶の袴をはいた生徒が県内各地から集い、多くの生徒が校内の寄宿舎で共同生活をされていたようです。
明治四十五年に群馬県立高崎高等女学校と改称され、大正五年(1916年)に校歌が制定されました。
本校の校歌の一番は、「あしたにゆうべに徳こそつめ」と徳育について、二番は、「学びの道をば勇みこそ行け」と知育について、そして三番は、「尊き力を身にもこそもて」と体育について謳ったものであり、現在の学習指導要領で重視している、知・徳・体をバランス良く育てる「生きる力」そのものであります。
戦後、昭和二十三年(1948年)に、群馬県立高崎女子高等学校と改称され、創立五十周年の記念として現在の校章が制定されました。現在の校章は、海老茶と紺の配色の中に、三層に重なった松の枝を図案化した三蓋松(さんがいまつ)と高校の「高」の文字を図案化したものです。
本校の校訓「向学叡智」「清楚品位」「明朗闊達」は、昭和五十九年(1984年)に生まれました。この校訓は、毎日利用している生徒昇降口の前に置かれている平成六年度生が寄贈してくれた「碑」に刻まれています。「向学叡智」常に真摯に学びに向かい、高い知性を持ち、「清楚品位」飾り気がなく清らかで気品に溢れ、「明朗闊達」明るく前向きで広い心を持った、自立した一人の人間として大きく成長することを期待しています。
歴史と伝統を継承する高崎女子高校でありますが、一方で、AI(人工知能)の急速な発展や新型コロナウイルス感染症パンデミックによって前例の通用しない激動の社会が到来しています。こうした激動の社会を生き抜くために必要な資質・能力を育てる、2030年を見通した新しい教育が始まっています。
日本の高校生が、高校で何を学び、どのように学び、何ができるようになるかを示している新しい学習指導要領の理念には、変化の激しい予測困難な社会において、予測できない変化に対し、誰かが良くしてくれるであろうと受け身で対処するのではなく、自ら行動を起こし、主体的に向き合って関わり合うことで、自分の力で人生や社会をより良くできるという実感を持ち、自ら困難を乗り越え、未来に向けて前進しようとする社会人を育てたいという想いが込められています。
また、群馬県では、今年度から5年間を期間とした「群馬県教育ビジョン」を策定し、その最上位目標は「自分とみんなのウエルビーイングが重なり合い、高め合う共生社会に向けて ーひとりひとりがエージェンシーを発揮し、自ら学びをつくり、行動し続ける「自律した学習者」 の育成―」であります。
これら国や県が目指している理念は、本校が目指しているSAH(Student Agency High School)の最上位目標である「自ら考え、判断し、行動できる生徒の育成」と目指す方向性は一致しています。
不易流行という言葉があります。歴史と伝統のある高崎女子高校において変わらず大切にしたいことと、変化の激しい時代に対応すべく新しく取り入れたいことがあると思います。
皆さんはどう思いますか。
歴史と伝統のある高崎女子高校において変わらず大切にしたいことは何だと思いますか。
一方で、変化の激しい時代に対応すべく新しく取り入れるべきものは何だと思いますか。
高崎女子高校では、皆さんに考える時間を返し、不易と流行、すなわち、何が変わらず大切にすべきものであり、何を変えるべきなのかを考える時間をつくろうと思っています。勘の良い皆さんならこれをチャンスと感じ取り、行動に移してくれると信じています。
その際、留意してほしいのは、知らず知らずに持ってしまっている先入観や固定観念です。
私のような大人ならなおさらですが、若い皆さんでも知らず知らずのうちに先入観や固定観念に囚われていないでしょうか。
虚心坦懐という言葉があります。心に先入観やわだかまりがなく、気持ちがさっぱりしていることを言います。私も含め、皆さんもそして教職員も、虚心坦懐な心を持ち、他者を尊重し、自分を信じ、自分の心にブレーキを掛けずに、自分が興味のあることにとことん打ち込み、心に火をつけてほしいと願っています。皆さんの健闘を祈ります。
結びに、同窓会、PTA、教育振興会の皆様には、今後とも引き続きご支援・ご協力を賜りますようお願いを申し上げ式辞といたします。
令和六年六月六日
群馬県立高崎女子高等学校長 丸橋 覚